スタッフ紹介

玉村 太一(たまむら たいち) 新神戸院 院長

玉村 太一(たまむら たいち) 新神戸院 院長

出身
福井県越前市
資格
柔道整復師
趣味
カメラ サウナ 運転 アコギ 釣り
好きな食べ物
お寿司 そば 天ぷら お造り
好きな音楽
1990年代〜2010年代 Mr.Children ONE OK ROCK サカナクション
スポーツ歴
野球 陸上

施術家を目指すようになったのは?

私は小学3年生から高校3年生までの10年間野球をしていました

高校では多くの怪我に悩まされ思うようにプレーが出来ませんでし
足首の捻挫、肩の肉離れ、野球肘など

私はその時初めて接骨院にお世話になりました。
当時怪我を繰り返し精神的にもダメージを負った私をサポートしてくれました。

部活の練習を抜けて接骨院に行くことが続く中、私はこの仕事に興味を持ちました。
高校3年生の夏に部活を引退し進路を決めるときに、大学への進学を勧める親の意見を押し切って、大阪の専門学校に行くことを決意しました。

専門学校~今に至るまで

無事、柔道整復師の資格を取得し、そのまま大阪の接骨院に就職しました

仕事も楽しく3年目には院長の経験もさせていただきました。

しかし、まだまだ経験の浅い私には治せない患者様がいっぱいで、
どうしたら良いだろう?・・と悩んでいました

そこで私はいろいろな治療院の動画を見て何か他の方法はないかと考えました

その時たまたま見ていたのが洲本接骨院のYouTubeでした

さらっと触れているだけに見えますが、みるみる患者様の体の動きが改善していく様子を見て、私は不思議でなりませんでした。
「よし、ココで勉強して治せる施術家になりたい!」と思い入社を決めました

新神戸院 院長になって

2025年度から新神戸院がスタートしました。遠方から本院の淡路島まで来ていただくことが多く、患者さんの負担が大きいので明石大橋を渡らなくても関西からアクセスしやすい、新幹線からも行きやすい新神戸にさせていただきました。

私としては、『できる限り早く楽になってもらいたい』それにつきます。私自身も今まで本当にしんどい思いもしてきました。体が痛くて思うように野球ができなかった学生時代。精神的に疲れてしまった社会人3年目の頃。朝が起きれなくなり、仕事に行けなくなることも過去にはありました。でも今は目の前の患者さんを治すために日々試行錯誤している時間や、患者さんとの何気ない会話に笑わせていただいたり、本当に来てくれる患者さんには感謝でしかありません。

予定通りすぐに良くなる人もいれば、なかなか思うように改善せず、本当にしんどい思いをされる患者さんも多くおられると思います。しかし私は自分のできる限りのことをして精一杯向き合い、時には治すために厳しい指導をさせてもらったりするかもしれません。

全ては『患者さんに喜んでいただくため』ここは曲げたくない私の信念です。

最近は色んな患者さんからありがたいお言葉をいただく事が増えました。まだまだ色んな困っている方の役に立ち、喜んでいただけるよう頑張って参りますのでよろしくお願いします。

西 正博(にし まさひろ)洲本接骨院 総院長

西 正博(にし まさひろ)洲本接骨院 総院長

生年月日
昭和44年4月26日
出身地
宮崎県都城市
資格
柔道整復師 疲労回復協会認定会員 自律神経整体認定会員
家族構成
3人家族(妻・娘1人)
趣味
活字中毒なほど読書好き(最近は是大小説とファンタジー小説にハマっています)
性格
友人からは『常に考えてそうに見えるのに、実はぼーっとしてるやつ』と言われます。

施術家を志したきっかけは?

施術家を志したきっかけは?

背中の痛みと苦痛

私は中学の頃、吹奏楽部に所属し、毎日練習に明け暮れる生活をしていました。

ちょうど1年生の夏ぐらいから、だんだんと背中の痛みに悩まされ始めました。特に普段と違う生活をした覚えはありません。

痛みは徐々に強くなり、病院に行くと『脊柱側弯症』という背中が曲がる病気であることがわかりました。

それからは、評判の良い病院や接骨院に時間を見つけては通院しました。
病院では湿布薬をもらい、「様子をみてね」と言われ、接骨院では電気を当ててもらい、マッサージをしてくれました。

しかし、痛みは改善しませんでした。

痛みのために楽器を吹くことも苦痛になり、泣きながら先輩に湿布薬を貼ってもらったこともありました。

『2度とこの痛みから解放されないのではないか』と考え、絶望的な気分になったことを今でも覚えています。

I 先生との出会い

I 先生との出会い

しかし、兄の紹介でI 先生に出会った世界が変わりました。

I 先生は、私の背中ではなく、足を触る治療をしてくれました。軽い刺激がトン・トンとするだけで、特に痛くも何ともありません。今までに経験したことのない治療でした。時間もほんの数分です。

なにをしているのだろう?何か変わったかな?と思いながらベットから立ち上がると驚きました。痛みが消えているのです!

あのときの衝撃は30年以上たった今でも、はっきりと覚えています。

あまりにびっくりして、I 先生にお願いして、治療見学をさせていただくと、足を触るだけで背中のゆがみがとれたり、腰痛が改善したりするのです。本当に驚きの連続でした。

もちろん私の痛みもその場ですべての痛みが解消されたわけではありませんが、『本物の技術』に触れることができ、痛みがなくなる可能性を感じました。

その後、進学を控えたときに、頭の中にはI 先生の治療が浮かんでいました。そして、『本物の治療家になろう』と決心したのです。

あのときの決心から、1993年に国家資格を取得し、2002年に洲本接骨院を開業しました。

常に患者様の症状を改善することを念頭に研鑽を続け、現在の無痛整体ができあがりました。開業して15年たちますが、今でも毎月いろいろなセミナーや研究会に参加し、技術を磨き続けています。

施術に対する思いを教えてください。

施術に対する思いを教えてください。

身体に痛みがあること。

こんなにつらいことはないと思います。
ギプスをしたり、松葉杖をついたり、見た目で痛そうと思えるものもあれば、見た目ではわからない、本人だけしかわからない痛みもあると思います。
自分はこんなに痛いのに!誰もわかってくれない.....

私自身が経験したことです。

だからこそ、私は、施術に対して・患者様に対して、真摯であろうと思います。患者様からすれば、時には耳の痛い話をするかもしれません。少しですが、痛みを伴う施術を我慢していただくこともあるかもしれません。笑顔ではなく、厳しい顔を向けるかもしれません。

1回1回の施術を常に真剣に・誠実に提供していきたいと思っています。

洲本接骨院に行ってみようかな?と考えている方に一言

淡路島の接骨院の数は、兵庫県でも1・2位の多さです(人口割合)

そんな中からこのページをご覧いただき、ご来院をいただけることは本当にうれしいことです。ありがとうございます。

洲本接骨院の施術は「気持ちよければいい」「今だけ何とかなればいい」というその場しのぎの施術ではありません。患者様自身が身体を根本から本気でよくしたいと思われたら、是非、洲本接骨院にお越しください。

あなたと二人三脚で改善していきましょう。

「年だから仕方がない」

「どこに行っても改善しなかったし」

「もしかして、これが普通かな?」

と思っているあなたこそ、洲本接骨院の施術を体験してほしいです。

ツライ・しんどい、そんな生活から解放されるように、洲本接骨院では全力でサポートします。

 

下山 陽生(しもやま はるき)

下山 陽生(しもやま はるき)

出身
兵庫県
資格
柔道整復師
趣味・今ハマっていること
スノーボード 温泉
好きな食べ物
味噌汁 寿司 焼肉

施術家を目指すようになったのは?

私は小学校から高校まで空手道をしていました。
空手道は怪我が起こりやすく、空手道経験の中で多くの怪我を目の当たりにしてきました。 怪我によって思うように身体が動かせない、痛みで試合に出られないなど自分自身を含め、悔しい思いをする事もありました。
施術家とはこのように身体的、精神的に困った方に対し施術を行うことでその人の人生を豊かにすることができる職業だと考えています。 困った方の未来を少しでも明るくしたいと思い施術家を目指しました。

専門学校~今に至るまで

高校卒業後はこの業界とは全く関係の無い仕事をしていました。 安定した収入もありましたが、自分自身が本当にしたい仕事はこの仕事なのかと考えたときに思い浮かんだのが施術家でした。 その後退職し、専門学校を経て柔道整復師の資格を取得しました。

就職先を決める中でとても衝撃を受けたのが洲本接骨院でした。 施術前はほとんど可動域の無かった身体が施術によってみるみる改善されるのを見て、ここで働きたいと思い入社を決めました。

櫻井 拓実(さくらい たくみ)

櫻井 拓実(さくらい たくみ)

出身
新潟県
資格
柔道整復師
趣味・今ハマっていること
釣り ドライブ
好きな食べ物
麻婆豆腐 ラーメン

施術家を目指すようになったのは?

私がこの仕事を天職にしようと思ったきっかけは学生時代に私を見てくれた、鍼灸整骨院のA院長のとある言葉がきっかけでした。

私は中学生の時、柔道部に所属していました。練習はとても厳しくケガをすることも少なくありませんでした。肋骨の損傷や足首の捻挫など…

そこでお世話になっていたのが地元の鍼灸整骨院のA院長でした。いつも真摯に向き合ってくれて私のケガを良くしてくれてとても尊敬していました。そんなA院長にある日、「君は今までたくさんケガをしてきて私が良くしてきた。そんな経験をたくさんしてきた君は将来、私と同じこの職業になって経験を活かすのもありじゃないか」と言われこんな将来もあるんだと思いこの道を目指すようになりました。これが今の私の原点でありきっかけになります。

専門学校~今に至るまで

私は柔道整復師になるために地元を離れ埼玉の専門学校に入学し、無事資格を取得することができました。卒業後は全国展開する業界最大手の整骨院グループに入社し1つの院の責任者をしておりました。最初のころは会社が提供する技術を身に着け、その技術で笑顔になってくれる患者様に満足感を感じていましたが時間が経つにつれて今の技術では治せていない患者様が目に付くようになってきました。そこからは本を読んだりセミナーに参加したりして身に着けた技術をこっそり入れたりして何とか凌いでいました。そんな状態が続き、“いつか限界が来るだろうな~”と考えていた時にYouTubeのおすすめに急に洲本接骨院の動画が流れてきました。動画内容の意味が分からな過ぎて震えました。気づいたら洲本接骨院に連絡を入れて見学に来ていました。見学に来ましたが理解ができませんでしたが患者様は確実によくなっている。“これだ!私が求めていたものはこれに違いない!”と確信し新潟を離れる覚悟と入社を決めて今に至ります。

洲本接骨院 新神戸店